ストレス社会に負けられない!

ストレス社会と呼ばれるようになったのはいつ頃なのでしょうか。。。自分自身、ストレスからか恥ずかしながらEDと診断されてしまいました。うーん、このままでは終われない!必ずEDを克服するぞ。

物事に白黒つけない術

2月 28th, 2015

もともと日本人は、白黒をはっきりさせない民族です。伝統的に「あいまいさ」を大切にしてきました。それが、明治維新以降、特に戦後に欧米流のビジネス感覚がどんどん流入してきて、何ごともはっきりさせなければならないという慣習が定着してきました。

 

かつて日本人は、「ありがとう」の代わりに「すみません」と言うのが普通でした。現在でも「すみません」は使われますが、昔ほどではなくなりました。「すみません」と詫びるのは「あなたに気遣いをさせてしまって、ごめんなさい」という意味です。非常に奥深く奥ゆかしい感情なのですが、1980年代頃に、「ありがたがっているかどうかはっきりしない」という「欧米流」の批判があり、感謝をより明確にするために「ありがとう」が台頭するようになったのです。

 

こうした、白黒はっきりさせる、二者択一的態度は、ビジネス上では必要ですが、プライベートでは必ずしも必要ではありません。白黒あいまいな「グレー」の生き方をすると、ストレスから解放されます。

 

<プライベートには二元論は適さない>

ビジネスにおいては、どちらかはっきりしない態度を示すことは得策ではありません。大切な場面で、「どちらでもいい」というような判断をしていては、社会では生きてはいけません。ただ、プライベートでも、イエス・ノーをはっきりさせないと生きていかれないかというと、そんなことはありません。実は、プライベートではほとんどのことが、イエス・ノーを明確にしなくても済んでしまうのです。

 

「白か黒か」「善か悪か」「勝ちか負けか」というような二元論的発想や思考は、プライベートな生活の実情にマッチしません。無理に分けようとすれば、決定的な決裂に至ってしまいます。たとえば夫婦喧嘩をしているときに、二元論的な考え方でいると、一方が正しくて、一方が間違っているという結論に到達しなければなりません。答えは最初から決まっていて、「自分は正しくて、相手は間違っている」ということになるのです。

 

ぜったいに自分の非を認めないので、言い争いは終わることがありません。プライベートなもめ事は、必ずお互いにいくらかの正当性といくらかの非を抱えているものです。答えは一つには絞れないのです。

 

<グレーゾーンを認めましょう>

あいまいさを言い換えれば「グレーゾーン」と言えるでしょう。グレーゾーンというと、否定的な考え方の人もいるでしょうけれど、人間関係も生活もグレーな部分で成り立っているので、これを否定しては生きていくのはとても難しくなります。自分と意見対立する相手を認められないで否定ばかりしていては、誰かを好きになることも、誰かから好かれることもなくなってしまうでしょう。

 

白黒つけるという姿勢そのものが、相手を疲れさせ、自分をも疲れさせてしまうのです。「白か黒か」の呪縛から逃れ、グレーを楽しむくらいの気持ちを持つことで、ストレスから解放された生き方ができるようになります。

 

 

古来、日本人に特有のあいまいさ、グレーゾーンを大切にする生き方を取り戻すことで、プライベートな生活は円滑に進むようになり、ストレスから解放されます。

ストレス社会に負けられない!

ストレス社会と呼ばれるようになったのはいつ頃なのでしょうか。。。自分自身、ストレスからか恥ずかしながらEDと診断されてしまいました。うーん、このままでは終われない!必ずEDを克服するぞ。